栗原なぎさはなぜ再婚してしまった?理由は勇一郎の執着!復縁を迫り続けた元夫

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千葉県野田市で小学校4年生の栗原心愛ちゃんが虐待死した事件。

一度は離婚したものの、6年後に再婚をしたなぎさ。

なぜ再婚してしまったのか?

多くの人が疑問に思ったことと思います。

2月14日に発売された週刊文春に、離婚してから再婚するまでの栗原勇一郎の様子が書かれていました。

今回はその記事を紹介し、原因を探っていきたいと思います。

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栗原勇一郎の執着!なぎさに復縁を迫り続けた元夫

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2011年には離婚が成立。

しかし、なぎさの執着する勇一郎は沖縄を離れようとしなかった。

那覇空港の売店、うるま市のコールセンター、新石垣空港の旅客カウンター業務など、職を転々としながら、なぎさに復縁を迫り続ける

引用元:週刊文春

どのような経緯で離婚に至ったのか詳細はわからなかったのですが、結婚直後から栗原勇一郎はなぎさを束縛して暴力をふるうようになっていたということなので、それが離婚理由だと推測されます。

どんな束縛をしていたかはこちらをご覧ください。

これが離婚理由?栗原勇一が栗原なぎさにした束縛の度合いがヤバイ!

離婚した後も沖縄に居座り、6年間も復縁を迫り続けた・・・?!

執拗すぎます!!

ですが元々二面性のある栗原勇一郎ですから、なぎさを手に入れるためにもう暴力はしない雰囲気を作っていたのかもしれません。

それを思わせる内容がこちらでした。

結婚中の勇一郎は、なぎさの親族に『どんな育て方をしていたのか!』と、声を荒げて問い詰めるほど傲慢な態度だったにも関わらず、

離婚後は、何度も実家を訪問し『なぎささんとよりを戻したい』と、しおらしく頭を下げていました。(親族の知人)

引用元:週刊文春

結婚中はなぎさの親族にまで、強硬な態度を取っていたんですね。

それが一転、しおらしく頭を下げ、何度もお願いに行く・・・。

暴力をふるい始めたのも結婚直後とのことでしたから、自分の思い通りに事を運ばせるためにしおらしいふりをしていたのか、それともその時は本当に反省していたのか・・・?

「したたか」というのが私の印象ですが。

しかもこれを6年間続けていたのでしょうか?!

根性があるを通り越して、本当に怖いです。

しかし先日テレビでDVの専門家がこう言っていたのを思い出しました。

「離れている間はDVの標的となる対象がいないので、DV加害者自身も落ち着いており穏やか。

その姿を見て、被害者は『もう大丈夫なのではないか』と思ってしまい、再婚に至るケースがある。」

 

なぎさもこのケースだったのかもしれません。

でなければ、その後再婚したりはしないでしょう。

離れている間の優しい姿に、希望を持ってしまったのかもしれない・・・

そう推測されます。

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まとめ

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心愛ちゃんも生前「お父さんは優しいよ」と言っていたように、優しい時もあるのがDV加害者の特徴でもあります。

その姿に希望を持ってしまい、しかも6年間も優しい姿しか見てなかったとすれば『もう治ったのかな?』と思ってしまう気持ちもわからなくはない・・・。

そこで、被害者自身がしっかりと自分を保ち、自分に自信を持てていれば復縁という選択肢はなかったのかもしれませんが、自分を責めがちな被害者だからこそ、D V加害者から離れられない・・・ということも起こり得るようです。

なぎさもそのケースだったのかもしれません。

もしもなぎさが勇一郎と縁を切りたいと思っていれば、どれだけ懇願されても再婚はしなかっただろうと思いますので、やはり勇一郎のしおらしい姿に希望を持ってしまったというのが有力な見方ではないでしょうか。

しかし、2017年に再婚を果たしてからすぐに、いえ、再婚前からもなぎさのいないところでは心愛ちゃんに暴力をふるっていたようです。。。

その件に関しては、また別で記事を書きたいと思います!

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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