飛行機事故から全員の命を救ったアラステア・アチソン副操縦士の現在は?《ブリティッシュ・エアウェイズ5390便》

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2019年5月29日に放送された水トク!「世界衝撃映像100連発」で特集されたブリティッシュ・エアウェイズ5390便事故。

1990年6月10日にイギリスで発生した航空事故がありました。

その飛行機は、

イングランドのバーミンガム空港からスペインのマラガ空港へ向かう途中、突然、操縦席の窓ガラスが吹き飛び、機長の半身が機外へ吸い出されてしまいました・・・!

その飛行機の複雑だったのがアラステア・アチソン。

アラステア・アチソンは、死者を出すこと無くサウサンプトン空港に緊急着陸したのです!!

彼は今現在、どうしているのか?

気になったので調べてみました。

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飛行機事故から全員の命を救った、アラステア・アチソン副操縦士の現在は?【画像】

 

1990年に起きた、ブリティッシュ・エアウェイズ5390便事故。

当時39歳だったアラステア・アチソン副操縦士は、2019年現在は68歳になっているはずです。

現在の画像を探してみましたが、残念ながら見つかりませんでした。

ですが2015年の「FLYING IN IRELAND」というサイトに、アラステア・アチソンさんと思われる方の画像を発見!!

それがこちらです。

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No piece on Jet2.com would be complete without mention of the retirement of one of the airlines most famous pilots, Captain Alastair Atchison.

Captain Atchison was the first officer on British Airways flight BA-5390, a BAC 1-11, operating from Birmingham to Malaga, with 81 passengers on board, on 10th June 1990. 

引用元:FLYING IN IRELAND

2015年に記事化されている、アラステア・アチソンさんが退職するという記事。

とすると、4年前のようですね。

アラステア・アチソンさんの退職は、当時も話題になりました。

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Today was the final flight for pilot Alastair Atchison from Alicante to Manchester.

Many of you won’t have heard of him. However his story is remarkable.

用元:Aviation Daily Facebook

❝今日はアリカンテ(スペイン)からマンチェスター(イングランド)へ、パイロットのアラステア・アチソン最後のフライトの日でした。

多くの人は知らないかもしれませんが、彼のストーリーというのはとても偉大なものです。❞

直訳ではありませんが、こんなニュアンスの文章から始まっています。

その後は事故の詳細が記されています。

ではそもそも、ブリティッシュ・エアウェイズ5390便事故とは一体どんな事故だったのでしょうか?

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ブリティッシュ・エアウェイズ5390便飛行機事故とは?

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5390便は、現地時刻7時20分にバーミンガムを離陸した。

副操縦士のアチソンが通常の離陸を担当し、安定した上昇の中で機長のランカスターに操縦を替わっている。その後機長・副操縦士とも肩ベルトを外し、機長は腰のベルトも緩めた。

引用元:Wikipedia

 

7時33分、客室乗務員は食事の準備を始めた。当該機がオックスフォードシャー・ディドコット上空17,400フィート (5,300 m)まで上昇した時、突然の破裂音とともに機長席側の窓ガラスが吹き飛び、機内にが充満した。急減圧により、腰ベルトを外していたランカスターは頭から操縦席の外に吸い出され、膝が操縦桿に引っ掛かった。彼の体は上半身は機外、脚のみ機内という状態になった。操縦席の扉は、通信、操縦卓の上に吹き飛ばされ、客室から紙や破片などがコックピットに吹き込んだ。機長の足で操縦桿が押し込まれた状態になったため、自動操縦が自動的に解除され、機体は急降下し始めた。操縦席の異変に客室乗務員のナイジェル・オグデンが駆けつけ、機長のベルトを腕で掴み確保した。客室乗務員のスーザン・プライスは他の乗務員1名とともに乗客を鎮め、不安定なものを固定し、緊急体制をとった。その時、ランカスターは345マイル毎時 (555 km/h)の気流に曝され、-17℃の外気温と希薄な空気のため気絶しかけていた。

機長が機外に半身を放り出されたため、その後は、本来2人で行う通信と操縦の業務をアチソン1人で行うことになる。機内では急減圧が発生していたが、同機には全員分の酸素マスクが無かったので、アチソンは機体を緊急降下させて酸素濃度を確保し、自動操縦を再稼働させ、それから緊急信号(メーデー)を発した。しかし、激しく吹き込む気流のため、航空管制からの返答を聞き取れなかった。このため意思疎通にてこずって、ブリティッシュ・エアウェイズ社への通報が遅れ、結果的に同社の緊急手順マニュアル(EPIC: Emergency Procedure Information Centre)の適用も遅れた。

オグデンは機長を保持していたが、凍傷挫傷疲労が重なって限界に近づいたため、他の2名の乗務員が交代した。その時までに機長はさらに6–8インチ (15–20cm)ほどはみだしていた。操縦室からは左の窓から機長の胴体と頭が見えた。ランカスターの顔面は絶えず風防に打ち付けられていたが、その間目が開いたままで瞬きもしないので、クルーは彼が既に死んでいると思った。しかし彼を放すと左エンジンに吸い込まれ、空中分解やエンジンの火災を招く恐れがあったため、アチソンはクルーに対し、ランカスターを放さないよう命じた。

その後アチソンは、どうにか航空管制からサウサンプトンへの着陸許可を得ることができ、客室乗務員は機長の足を操縦桿から外して残りの飛行の間中支え続けた。7時55分、ブリティッシュ・エアウェイズ5390便はサウサンプトン空港滑走路02へ無事着陸。乗客は速やかに前後の階段から降機し、機長も救急隊員に確保された。

引用元:Wikipedia

 

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