ジャニー喜多川の本名はジョン?名前の由来や家族を調査!生い立ちや経歴がスゴイ!

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2019年7月9日に亡くなった、ジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川さん。

所属タレントやファン、一般的にも「ジャニーさん」と呼ばれ、親しまれていました。

「ジャニーズ」の由来は、コーチしていた野球チームの少年たちのグループ名だったことは有名ですね。

ですがそもそも「ジャニー」の由来はなんなのか?

気になったので由来を調査するとともに、生い立ちや経歴も調べていきます。

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ジャニー喜多川の本名は?名前の由来を調査!

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ジャニーさんの名前を調査していくと、「ジョン・ヒロム・喜多川」と出てきました。

「ジャニー」というのは、本名の「ジョン」から取った愛称なんだそうです。

真言宗のお坊さんだった父親の喜多川諦道さんが、アメリカ・ロサンゼルスで布教活動をしていたため、ジャニーさんはロサンゼルスで生まれました。

なのでご両親は日本人なのですが、ジャニーズさんはアメリカと日本の両国籍を持っています。

ファンからは「ジャニーさん」と呼ばれたり、「ヒロム」と呼ばれたりしているようですね。

兄・姉の名前は?

ジャニーさんは末っ子。上に2人の兄姉がいます。

姉:泰子(メリー喜多川さん)

兄:真一(まさかず)さん

姉の泰子さんは「メリー喜多川」さん。

こちらもアメリカンネーム「メリー」がついているのに対し、兄の真一さんは特にないようですね・・・。笑

愛称は「マーくん」で、50代で亡くなっているそうです。

 

また、メリー喜多川さんは、ジャニーズ事務所を一緒に経営されているので有名です。

そして時期社長になるのが、メリー喜多川さんの娘・ジュリー藤島さんとなっています。

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ジャニー喜多川の生い立ちや経歴がスゴイ!

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ジャニーさんの生い立ちや経歴をご紹介します。

0歳~10代

▼1931年(昭6) 10月23日にロサンゼルスで生まれた。父は真言宗米国別院の僧侶。

▼33年 父、母、姉、兄と帰国。

▼44年 和歌山県の勝浦町に疎開。

▼47年 再びロスに渡る。高校に通いながら劇場で裏方のアルバイトもした。

▼50年ごろ 父が建てた集会所で、美空ひばり、高峰三枝子、山本富士子、ディック・ミネ、笠置シヅ子、二葉百合子らが公演などを行う際、通訳やコーディネーターを務めた。

引用元:日刊スポーツ

布教活動をしていた父親が母親をロスに呼び、ジャニーさんもロスで生まれます。

帰国後は疎開しますが、アメリカと日本の両方の国籍を持っていたため、手続きのために両国を行き来していました。

16歳でロスに渡ってからは、アメリカに来る日本の芸能人の通訳としても活躍していたそうです。

20代

▼52年 日本に戻り、米大使館職員として勤務。

    戦争孤児に英語を教えるため朝鮮戦争の戦地に。

    その後、再び日本に戻り、東京・代々木のワシントンハイツ(在日米軍施設)に住む。

引用元:日刊スポーツ

20代の時に日本に戻り、アメリカ大使館で勤務。

そして朝鮮→日本と渡って米軍施設に住みます。

小さい頃から日常だった英語が、有名な「You ◯◯しちゃいなよ」というフレーズにつながっているんですね。

30代

▼62年 代々木周辺で遊んでいた子供たちを集め、ワシントンハイツ内グラウンドで野球を指導。

メンバーから真家ひろみ、飯野おさみ、中谷良、あおい輝彦を選抜して4月に「ジャニーズ」を結成。

6月に「ジャニーズ事務所」を創業。

▼64年 12月にジャニーズが「若い涙」でデビュー。

▼65年 ジャニーズがNHK紅白歌合戦に出場。

▼66年 7月に姉のメリー喜多川と藤島泰輔の間に藤島ジュリー景子が誕生。

▼67年 11月にジャニーズが渋谷公会堂コンサートで解散。

▼68年 ジャニーズのバックダンサーだった北公次、青山孝史、江木俊夫、おりも政夫が「フォーリーブス」として9月に「オリビアの調べ」でデビュー。

▼70年 円谷弘之、小谷純、吉本暁弘、やなせかおるの「ジューク・ボックス」が10月に「さよならの祈り」でデビュー。

引用元:日刊スポーツ

もともとプロデュース業に興味があったジャニーさん。

アメリカで美空ひばりさんの舞台をみたり、芸能の裏方の仕事をして培った能力で、30代でプロデュース業を開始します。

しかし3年前には公園で野球をしていた少年たちが、3年後に紅白出場ってスゴイですね・・・!!

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40代

▼72年 フォーリーブスのバックダンサーだった郷ひろみが8月に「男の子女の子」でデビュー。

▼75年 1月にジャニーズ事務所を正式に株式会社として登記。

    3月に豊川誕が「汚れなき悪戯」でデビュー。

    4月に郷ひろみがバーニングプロダクションに移籍。

    10月にレッスン・リハーサル用の「つづきスタジオ」設立。

▼77年 7月に川崎麻世が「ラブ・ショック」でデビュー。

▼78年 8月にフォーリーブスが東京厚生年金会館コンサートで解散。

▼79年 田原俊彦、近藤真彦、野村義男が10月からTBS系ドラマ「3年B組金八先生」に出演。

    3人の愛称「たのきんトリオ」。

▼80年 6月に田原俊彦が「哀愁でいと」でデビュー。

    8月に音楽著作権を管理するジャニーズ出版、コンサートの企画、運営会社ヤングコミュニケーションを設立。 

    12月に近藤真彦が「スニーカーぶる~す」でデビュー。

引用元:日刊スポーツ

次々にデビューさせていくジャニーさん。

そしてデビューした人はどんどん有名になっていきます。

50代

▼82年 5月に薬丸裕英、本木雅弘、布川敏和の「シブがき隊」が「NAI・NAI16」でデビュー。

▼83年 8月の大阪球場コンサートでたのきんトリオが解散。

▼85年 1月に広告事業関連会社ユニゾン設立。

    12月に錦織一清、東山紀之、植草克秀の「少年隊」が「仮面舞踏会」でデビュー。

▼87年 8月に内海光司、大沢樹生、諸星和己、佐藤寛之、山本淳一、赤坂晃、佐藤アツヒロの光GENJIが「STAR LIGHT」でデビュー。

    12月に近藤真彦が「愚か者」でジャニーズ事務所所属歌手で初の日本レコード大賞。

▼88年 4月に中居正広、木村拓哉、稲垣吾郎、森且行、草■(■は弓ヘンに前の旧字体その下に刀)剛、香取慎吾が「SMAP」結成。

    8月に成田昭次、高橋一也、岡本健一、前田耕陽の「男闘呼組」が「DAYRREAK」でデビュー。11月に代々木第一体育館コンサートでシブがき隊が解隊。

    12月に光GENJIが「パラダイス銀河」でレコード大賞。

引用元:日刊スポーツ

功績も大きいものになってきた50代です。

60代

▼91年 SMAPが初の日本武道館公演、9月に「Can’t stop!!-LOVING-」でデビュー。

▼93年 東山紀之が1月スタートのNHK大河ドラマ「琉球の風」に主演。

    6月に男闘呼組が活動休止に(実質的な解散)。 

    10月に木村拓哉出演ドラマ「あすなろ白書」放送スタート。

▼94年 3月に田原俊彦が独立。

    6月に近藤真彦が一般女性と結婚。

    9月に城島茂、山口達也、国分太一、松岡昌宏、長瀬智也の「TOKIO」が「LOVE YOU ONLY」でデビュー。

▼95年 9月に光GENJIが名古屋市総合体育館コンサートで解散、諸星は独立。

    11年に坂本昌行、長野博、井ノ原快彦、森田剛、三宅健、岡田准一のV6が「MUSIC FOR THE PEOPLE」でデビュー。

▼96年 4月からフジテレビ系で「SMAP×SMAP」と木村拓哉主演ドラマ「ロングバケーション」の放送がスタート。

    5月に森且行がSMAPを脱退、芸能界引退してオートレーサーに転身。

▼97年 2月にレコード会社ジャニーズ・エンタテインメントを設立、7月に堂本光一、堂本剛の「KinKi Kids」が「硝子の少年」でデビュー。

    12月に中居正広が史上最年少で紅白歌合戦白組の司会。

▼98年 1月発売の「夜空ノムコウ」がSMAP初のミリオンヒット。

    11月に大野智、櫻井翔、二宮和也、相葉雅紀、松本潤の「嵐」が「A・RA・SHI」でデビュー。

▼00年 8月発売のSMAP「らいおんハート」がミリオンヒット。

    11月に木村拓哉と工藤静香が結婚発表。

引用元:日刊スポーツ

SMAP、TOKIO、V6、Kinkikids、そして嵐がデビュー。

この頃、ジャニーさんはすでに還暦を超えていたんですね・・!

70代

▼01年 11月に音楽、映像制作会社ジェイ・ストーム設立。

▼02年 9月に滝沢秀明と今井翼のタッキー&翼がアルバム「Hatachi」でデビュー。

▼03年 3月にSMAP「世界に一つだけの花」が発売、現在まで300万枚を超える売り上げを記録。

    4月にジャニー喜多川さんが菊田一夫演劇賞特別賞を受賞。

    11月に山下智久、小山慶一郎、増田貴久、加藤成亮、手越祐也、草野博紀、森内貴寛、錦戸亮、内博貴の「NEWS」が「NEWSニッポン」でデビュー、12月に森内が脱退。

▼04年 香取慎吾が1月スタートのNHK大河ドラマ「新選組!」に主演。

    8月に横山裕、村上信五、丸山隆平、安田章大、錦戸亮、大倉忠義、渋谷すばる、内博貴の「関ジャニ∞」が「浪速いろは節」でデビュー。

▼05年 滝沢秀明が1月スタートのNHK大河ドラマ「義経」に主演。

    6月にSMAPの映像制作管理会社ジェイ・ドリーム設立。

    9月にSMAPが国立競技場公演。

▼06年 3月に亀梨和也、赤西仁、田中聖、田口淳之介、上田竜也、中丸雄一の「KAT-TUN」が「Real Face」でデビュー。

    12月にNEWSから内、草野が脱退。

    12月に二宮和也のハリウッド映画出演作「硫黄島からの手紙」公開。

▼07年 9月にV6井ノ原が瀬戸朝香と結婚。

    11月に山田涼介、知念侑李、中島裕翔、岡本圭人、有岡大貴、高木雄也、伊野尾慧、八乙女光、薮宏太、森本龍太郎の「Hey!Say!JUMP」が「Ultra Music Power」でデビュー。

▼08年 9月に嵐が国立競技場公演。

▼10年 4月に中山優馬、山田涼介、知念侑李のユニット「NYC」が「勇気100%」でデビュー。

    10月に東山紀之と木村佳乃が結婚。

引用元:日刊スポーツ

70代とは思えない勢力的な活動です。

80代

▼11年 8月に北山宏光、千賀健永、宮田俊哉、横尾渉、藤ケ谷太輔、玉森裕太、二階堂高嗣、飯田恭平の「Kis-My-Ft2」が「Everybody Go」でデビュー。

    10月に山下、錦戸がNEWSを脱退。

    11月に中島健人、菊池風磨、佐藤勝利、松島聡、マリウス葉の「Sexy Zone」が「Sexy Zone」でデビュー。

▼12年 2月に橋本良亮、戸塚祥太、河井郁人、五関晃一、塚田僚一の「A.B.C-Z」が「Za ABC~5stars~」でデビュー。

    2月に赤西仁が黒木メイサと結婚。

    10月に中山優馬が「Missing Piece」でソロデビュー。

    11月にジャニー喜多川さんが「チャート1位を獲得した歌手を最も多くプロデュースした人物」としてギネス世界記録に認定された。

▼13年 5月に風間俊介が一般女性と結婚。

    9月にKAT-TUN田中が退社。

    10月に植草克秀が一般女性と結婚。

▼14年 2月に赤西仁が退社。

    4月に重岡大毅、桐山照史、中間淳太、神山智洋、藤井流星、浜田崇裕、小瀧望「ジャニーズWEST」が「ええじゃないか」でデビュー。

▼15年 2月にV6岡田が日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞、最優秀助演男優賞をダブル受賞。

    9月にTOKIO国分が一般女性と結婚。

▼16年 1月に日刊スポーツが「SMAP解散」と報道。

    2月にKAT-TUNが5月からの活動休止を発表、3月に田口が脱退、退社。

    8月にSMAPが解散を正式に発表、ジャニー社長は「これからもSMAPはファンの皆さまの心だけでなく、私の心にも永遠に刻み続ける素晴らしい5人です」とコメント。

    11月にV6長野が白石美帆と結婚。

▼17年 12月にV6岡田が宮崎あおいと結婚。

▼18年 3月にV6森田が宮沢りえと結婚。

    4月に関ジャニ∞渋谷が年内で退社と発表。

    5月にTOKIO山口が脱退、退社。

    9月にタッキー&翼の滝沢が同年いっぱいで芸能活動を引退、以降はプロデュース業に専念すると発表、今井は退社を発表。

▼19年 1月に嵐が20年12月31日をもって無期限活動休止すると発表。

    5月に亀梨和也が「Rain」でソロデビュー。

引用元:日刊スポーツ

80代になっても。たくさんデビューさせてきた力というのは、やはりすごいものがあります。

この記事にはKing & Princeについての記載はありませんでしたが、2018年にデビューしています。

このキンプリが、ジャニーさんがデビューさせた最後のグループということになってしまいましたね。。

平野紫躍さんなどキンプリのメンバーも、ジュニア時代にはジャニーさんのマンションに遊びに行ったりと親交が深かったようなので、ジャニーさんの訃報にはきっと悲しんでいることと思います。

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まとめ

ジャニー喜多川さんの名前の由来や生い立ち・経歴をご紹介しました。

たくさんの新人をデビューさせて、スターへと育てる能力は本当にすごいですね。。

なのに偉くなっても飾らない人柄が伺えて、みんなに親しまれていました。

ジャニーさんのご冥福をお祈りいたします。

 

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